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運命の別れはいつだったのか

他項で論じている〈桜上水の恋人〉。ASKAもブログで認めている運命の元・恋人である。私が気になるのは「いつ別れたのか」。

下世話な観点に思われるかもしれないが、そうでもない。何せASKAはこの別れを経験したことで、普遍的な詩人になれたのだから。それがいつだったのか分析することは、文芸研究上大きな価値を孕むと言っておこう。

 

まず〈桜上水の恋人〉のことだけを歌ったセルフカバーアルバム『君の知らない君の歌』を基準に考える。このアルバムの中で一番古い曲は『B.G.M』で、原曲は84年のアルバム『INSIDE』。しかしこの曲の内容は幸せの絶頂を歌っており、この時点で別れていたかは読み取れない。明らかに別れたあとなのは『くぐりぬけて見れば』。原曲は86年の『TURNING POINT』より。

=少なくとも86年まではさかのぼる

 

ではいつまでさかのぼれるか。じつはASKAは79年のデビュー曲『ひとり咲き』からして失恋の歌だし、81年『男と女』もそう。ここからはカンを頼りに読むしかない。

 

まず私が思いつくのは83年のアルバム『21世紀』。これは他項で詳しく取り上げたこともある、初期チャゲアスの問題作である。これはキリスト教を題材にして、人間精神の深いところを斬り込んだ野心作なのだ。そして重要なことに、このアルバムには失恋の曲は一切出てこない。

=83年時点ではまだ別れていない

と私は考えたい。深く詞を掘り下げているのに、失恋モチーフがないのだから。

ただしクサい曲が82年のアルバム『黄昏の騎士』収録の『琥珀色の情景』。重要ワード「部屋」が出てくる失恋ものなので、これはアタリの可能性もある。歌詞はこちら

この曲を否定する根拠は、このあとのアルバム『21世紀』『INSIDE』に失恋ものが続かないということから。強烈な体験だったらその後も出てくるはずだろう。あと、歌に切迫したものが感じられない。

 

 

以上のような論理で『INSIDE』以降『TURNING POINT』以前ということになり、84-85年の間だと推定できる。そして、じつはハッキリと〈桜上水の恋人〉を歌った歌が、その時期に存在する。それは85年1月発売のアルバム『Z=ONE』収録の『さようならの幸せ』。

歌詞を見ると、そのものズバリだと分かると思う。

 

もう少し側にいれたら 寂しさも見えたはず

最後まで君は自分を責めながら 愛を放した

ささやかな思い違い

僕の言いそびれた言葉の数

もう君は愛を別れることでしか表せなかった

 

詳しくは歌詞分析の『君の知らない君の歌』を参照してほしいが、これらのフレイズはすべてあの別れの状況と合致する。

私はこの曲をもって〈元祖・桜上水の恋人〉と結論づけたい。

アルバム『Z=ONE』は85年1月発売だからレコーディングは84年中。失恋歌のない前作『INSIDE』の発売は84年3月。すると、

運命の別れは84年内

ということになる。間違っていても、『Z=ONE』より前ということだけは断言できる。

 

ちなみに『Z=ONE』はチャゲアス史上でも最高級に渋いアルバムなので、『さようならの幸せ』を聴いたことがない人も多いだろう。これは身が震えるような情熱的なバラードだ。〈元祖・桜上水の恋人〉にふさわしいと私は感じる。

興味深いのが、『Z=ONE』を吐き出したあと、レコード会社を移籍し、『モーニングムーン』でチャゲアスは大化けする。別れることで運気をアゲてきたのかもしれない。

 

 

 

 

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