ASKA 非公式ファンサイト

ASKAの歴史

「シャブ&飛鳥の衝撃」という記事が文春に出ている。ASKAが覚醒剤を常習していて、売買を巡りヤクザとトラブルになり、薬を吸引している姿を盗撮され恫喝されているという内容だ。

チャゲアスマニアである筆者は、97年からASKAが変わったという印象を持っている。
その理由は二枚のアルバムにある。ASKAソロで発表された97年の『ONE』と、98年の『kicks』だ。
ASKAはイギリスでクスリを覚えたと東スポに書いてあるが、『ONE』はロンドンで英国人のミュージシャンを使ってレコーディングされている。
(ロンドンでレコーディングされたアルバムは90年『SEE YA』、92年『GUYS』、97年『ONE』、2001年『not at all』)

 

ASKAとイギリスは切っても切れない関係だ。88年に初めて英国人のミュージシャンを起用しアルバム『ENERGY』を製作。タイトな音づくりが通好みで、筆者も愛聴する名盤である。
ENERGY)

 

89年にASKAはロンドンに居を構え、作曲活動に専念。帰国後90年に発表したアルバム『SEE YA』とシングル『太陽と埃の中で』はスマッシュヒットとなり、80年代はマニアックな存在だったチャゲアスが、急にメジャーになる気配を発し始めた。
太陽と埃の中で

 

そして91年3月に発表したASKAソロの『はじまりはいつも雨』が初のミリオンセラーを達成。その4ヶ月後に発売された『SAY YES』は300万枚に迫るメガヒットとなり、チャゲアスブームを迎えるに至る。
SAY YES

 

大ヒットの要因を作ったのはASKAの英国留学であり、「ASKAはイギリスに行って変わった」と業界内外で噂されていたそうだ(田家秀樹・談)。文春によれば89年の英国滞在でドラッグを体験したとされるが、私見ではこの頃は危険な兆候はほとんど見られず、変わったと言うのはミュージシャンとしての能力の話である。30歳半ばを迎え、脂が乗り切ったという表現がまさしくあてはまる。

 

94年からは前代未聞の大規模な国内ツアー(70公演50万人動員)とアジアツアーを敢行。世界中で評価が最高潮となり、96年にはロンドンでTV番組「MTV アンプラグド・ライブ」に出演を果たす。同名の番組はMTVアジアなどでも放送されており日本人も出ているが、本場英国で出演する快挙はチャゲアスしか成し遂げていない。そもそもイギリスのMTVに出演したアジア人は皆無で(坂本龍一がビデオ出演しただけ)、しかもその番組は大物アーティストがヒット曲を「アンプラグド(電気を使わず、アコースティックで演奏する意味)」で歌うという、選ばれし天才しか出演できない伝説の番組である。ちなみに出演したのはクラプトン、マライア、ロッド・スチュアート、オアシスなどである。
MTV UNPLUGGED LIVE

 

さて、MTV出演後、チャゲアスとしての活動は休止し、ソロ活動に入った。ここからが問題なのである。新たにイギリス人のプロデューサーを迎え、97年に発表されたシングル「ID」。突然出てきた異常に暗い曲調と歌詞に、ファンは大いに混乱させられる。
ID)

 

♪ID
「かるく麻酔を打たれたくらいの速さで 僕の夢は深い場所を抜けて行く」

あのポップな「みんなのチャゲアス」はどこに?続いて発表されたアルバム『ONE』もつかみ所がなく、変な曲がいっぱい入っている。

♪共謀者
「びくびくするな 顔を変えるな 何にもなかった そのままでいい 誰も思わない 聴かれもしない すべてを認めるな」
共謀者

 

♪草原にソファを置いて
「心の中の階段を上がってみた ドアを開けたら草原だった 春の花畑には 菜の花があるように 僕の中には 僕があった」

 

♪ブラックマーケット
「不良品でも並べます あしたは場所を変えます みんなこっちだよ 他人同士さ 電波になって 秘密になって 汗の出所も消えてます」
ブラックマーケット

 

それまでのチャゲアスは、魔法のように心に残るメロディに、いくつもの楽器を分厚く重ね、抽象的な歌詞を熱唱するという独自のスタイルがあった。その姿勢はひたむきで重たく、そのぶん聴き手にはかつてないような巨大な感動を与えることに成功していた。
BIG TREE、94年香港)

 

ところが97年のソロ活動に来て、急にASKAが「軽く」なったのである。それは曲を聴いてもわかるし、ライブのパフォーマンスをみてもわかることだ。何かから解放され、とんでもないリラックスに浸っている様子がそこかしこににじみ出ている。これは初めての本格的ソロ活動による心理的効果と見ることもできるが、私には違った力が感じられたのも事実だ。

 

翌年発表されたアルバム『kicks』がまた問題作だ。当時の音楽誌には「ロックとクラブミュージックの融合」のように書かれているが、ド・ポップなチャゲアスしか知らない人には???であろう。このアルバムは全曲がIDのように暗く、歌詞もジャケットも過激だ。

♪now
「いまここにあるのはマスターキーかい エクスタシーかい 警戒しても匂いに 向かっちまう」
NOW)

 

♪kicks street
「今夜もクスリを射ち込んだ若者がいる 自分の中のもう一人に押し返されて 夢を買うにせよ コントロールが必要だ」

 

♪花は咲いたか
「それならあいつの問題だから 俺には関係がない 触られることをとても嫌うから なかったことにしよう 俺の居場所とあいつのそこじゃ 天気も 時間も 秘密も違うぜ 気にしちゃいないさ」
tattoo、花は咲いたか

 

ドラッグを思わせるような歌詞が散見される。そしてライブでは、これまで見せたことがないような仕方で絶唱し、信じられないようなハスキーボイスを披露している。

 

尋常ではないことがASKAの中で起きていることは、誰の目にも明らかだろう。何がASKAにあったのか、プライヴェートな事象は知る由もないが、傍目から見ても明らかなのは「声の変化」である。ASKAの声が96年頃から徐々に出なくなったのである。
99年、テレビ番組にて

 

ASKAといえば何よりもまず、その歌唱力が有名であろう。筆者も何度もライブに足を運んでいるが、やはりあの声が聴きたいがためである。大げさではなく、筆者の人生史上最高の至福体験は、ASKAの声によってもたらされている。2003年2月の三重県のライブで、絶好調のあの声を聴いたときの感想はこうだ。「おれは人間が恨めしい。なぜならば、人間は不完全な記憶を持っているからだ。記憶が完全ならば、この声をもう一度脳内に響かせることができる。しかし、このすばらしい声を、おれはもう一度たりとも再生することはできない。こんなに悲しいことはない」。本当に、真剣に、こう思った。ASKAの声はそれくらいすごい。

ASKA自身も当然、アイデンティティはおのれの声にあったのではなかろうか。「歌手として商売の武器」などといったちゃちな話ではなく、生まれ出た意味とでもいうか、自分の存在の価値そのものが、声にあったのではないかと推察する。その声が出ないとあっては、悩み苦しみ絶望したであろうことは想像に難くない。

 

また96年には月刊誌Views(廃刊)とトラブルがあった。インタビュー記事が実際の発言と違うということで、ASKAは講談社を相手取り戦っている。新聞に抗議広告を載せたり、トラブルの内幕を綴った『インタビュー』(幻冬舎)を発刊している(ちなみに本書にも「ヤクザの友達」がエッセイに登場する)。食い違いの内容は「日本ではやりつくした。これからは世界に進出する」と掲載されたことによる。第三者から見るとそんな「些細なこと」と思うが、なぜかASKAは執着し、徹底抗戦しているのだ。楽曲にもその抗争の模様が現れ、攻撃的な歌詞の『港に潜んだ潜水艇』などが発表されている。一時は曲を作る気力が失せるほどに消耗したとされ、このことも97年の変調に大きな影響を与えていると思われる。

 

そんなこんなで疑わしい状況ではある。しかし、だ。当時の映像を見れば、97、98年のパフォーマンスがいかにハイレベルかは一目瞭然だろう。チャゲアスマニアの筆者から見ても、キャリアの最高潮は97~99年であり、この時期のCDやビデオは知る人ぞ知る超名作ばかりだ。先に挙げた『ONE』『kicks』も、妖しい光を放ちながらも、途轍もない名盤なのだ。一般的にチャゲアスのピークは90年代前半だというイメージがあり、セールス上はたしかにそうなのだが(SAY YES、YAH YAH YAH、めぐり逢いなど)、じつはむしろ90年代後半のパフォーマンスがすごいのである。

クスリをキメているとしても、私はそのことでASKAのモラルを問いたくはない。音楽業界や芸能界と言うのは平凡な市民の想像を遥かに超えた別世界である。百姓がサムライの世界観に共感できるわけがないのだ。以前にNHKがT-REXのライブ・ドキュメンタリー(リンゴ・スター監督)を「黄金の洋楽」などと題して放送し、そのあまりのラリパッパぶりに驚愕した覚えがあるが、イギリス人がラリっててもどうでもいいのに、日本人がラリると非難轟々というのは不公平じゃないのか。ビートルズやストーンズに限らず、欧米のミュージシャンはたいがいみんなやっているのだ。それは個人のプライヴェートな問題であり、作品がすばらしければ、たかが消費者がモラルをとやかく言うことではないと思う。

 

ただし、ASKAをウォッチしていると、そうも言っていられない。絶頂の90年代後半が過ぎ、2000年からぱたりとオーラが消え、神に見放されたかのように曲も書けなくなった。アルバムは数年おきになり、たまに出される新曲はどれもこれも精彩を欠く。言動もおかしい。2004年のツアーではステージで輪廻転生を説いて廻っている。特に今年に入ってからの「宇宙人」ぶりは半端ではなく、4月に出た週刊現代のインタビューはもう、まったく意味不明である(文春は4月に情報を得ていたと言い、現代ももしかすると、悪意を持って記事にした可能性がある)。

 

もし本当にキメているのなら、ファンとして、やめてほしいと思う。「こんなASKAは見たくない」。これに尽きる。じつは2000年から筆者はそう思い続けてきた。しかしファンをやめられないのは、これまで受け取ってきた感動があまりにも大きすぎるからである。「○○の音楽を聴いて人生が変わった」と言う人がいる。筆者も、自分の中の大事な部分の大半が、ASKAによって培われてきた。今でも、ASKAは世界一のミュージシャン、歌手であることを筆者は毫も疑っていない。この文章はむしろ、そのことを知らしめたいがゆえに記されている。

 

この愛のために 2年のソロ活動ののち、99年に発表されたチャゲアスの最高傑作)

‹‹一覧に戻る