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RED HILL

作詞・作曲 飛鳥涼  (’93)

まぶたを閉じれば  やさしいうねりで流れない景色が 今夜も また今夜も In My eyes

夢から覚めるのか 夢へ向かうのか まぶたの何処かに 映し出される赤い丘

想い出の夕陽か 未来の仕業か
見上げてるこの場所が谷なのか そして部屋なのか

流れない風の赤い丘 登らない僕を眺める 夢なら夢の中だけで…

走りだせば  まるで絵のようなこの丘には 誰が… 誰が…

ふたつにひとつの 痛みとやすらぎ 答えない運命のつぎ目のような赤い丘

恋人よ僕には 孤独と言えそうな やりきれない時間が 温もれずそしてはぐれてる

流れない風の赤い丘 登らない僕を眺める 眠りの淵で疑う

堕ちて見せれば 差し出す手は 敵か味方か

どうしょう… どうしょう…

 

【モチーフ】

瞑想状態のときに立ちのぼるヴィジョン

【主題】

精神的二者択一

 

名曲RED HILLはすべてのフレイズが霊的な含みを持っている。独自の世界観があり、一筋縄な曲ではないことは誰も感じていることだろう。

まず、基本的な場面設定が「瞑想状態」なのである。まぶたを閉じれば  やさしいうねりで流れない景色が今夜も また今夜も In My eyesという、目を閉じたとき瞼の裏のスクリーンに現れる幻覚がRED HILLなのだ。夜、ということで寝たときに見る夢とも考えられるが、いくつかの描写が単なる夢ではないことを示唆している。「夢から覚めるのか 夢へ向かうのか」つまりその時点では本式の夢ではない。「眠りの淵で疑う」一般的に、寝入りばな(眠りの淵)に夢とは違う幻覚を見やすく、寝入りばなの瞬間はオカルティズムで重視される。

瞑想というのは意識に変容を起こして何がしかのインスピレーションを得るものである。その状態はいくらでも言いようがあるが、やはり詩人ASKAはダントツでかっこいい表現をとっている。私は古今東西の神秘主義文学をひもといたが、こんなにかっこいい表現はついぞ見当たらなかった。「瞑想」を表すフレイズを拾ってみよう。

・夢

・まぶたの何処か (に映し出される赤い丘)

・孤独と言えそうなやりきれない時間 (が温もれずそしてはぐれてる)

・眠りの淵 (で疑う)

 

さて、ここまでが前提となる場面設定。本題はここから。

瞑想的な状態にあるのだが、いずれもうまくいかない様子が描かれているのだ。「戸惑い」や「迷い」が全編を貫いている。そしてそれらはすべて〈二者択一〉の描写である。歌詞の中に現れる二項対立の表現を拾ってみよう。

・夢から覚めるのか 夢へ向かうのか

・想い出の夕陽か 未来の仕業か

・見上げてるこの場所が谷なのか そして部屋なのか

・ふたつにひとつの 痛みとやすらぎ

・差し出す手は 敵か味方か

 

この曲では重大な二者択一の答えを決めかねている様子が描かれている。では二者択一とは何か。オカルティズムの観点から述べてみよう。

オカルトとは「目に見えず数値化もできないが、たしかに感じるもの」を扱う知恵のことである。神とか運命とか気のことだ。漠としたものを扱うだけに、それを評価するときにはむしろ白黒はっきりしたモノサシで測る。たとえば気功は漠然と取り組むと、大事な生命力がダダ漏れになって廃人と化すことがある。気は二項対立で考えなければならない。気功の場合は「上」か「下」かで感じてゆく。気は上に上がってはいけない。胴体の下部、膀胱のあたりに落ちてないといけない。漠然と感じていると上も下も分からないのだが、自ら二項対立に持ち込んでいくとはっきりするし、病気も治る。

オカルトでは万事、二項対立でものごとを捉える。そこでは善悪の弁別が何よりも重要で、上記の例だと「上」が悪で「下」が善なわけだ。善悪の弁別はとても難しく、自分で痛い目を見て経験値を積まないとわからない。そしてここでの選択ミスは命取りになる。神様に仕えているつもりがタヌキに一生懸命奉仕していた、ということもよくあるのだ。なかなか自分で判断がつくものではない。神道ではこの霊的な善悪の判断のことを「サニワ」という。つまりRED HILLはサニワの歌である。

 

上に引いたすべての状況において、どちらが正解か決めかねているのである。目の前に差し出された状況が、善なのか、はたまた悪なのか、わからない。痛みなのかやすらぎなのか、敵なのか味方なのか。運命の継ぎ目に立たされ、迷っているのだ。ここでの選択がこのあとの人生を分けることになる。事の重大性はわかっているのだが、どうしよう、誰か・・・ 

 

ASKAがそこまでオカルティズムを踏まえて書いているとは思わないが、少なくとも本能的には押さえている。私などからすれば、神秘主義文学史上に残る最高峰のポエムだといっても言い過ぎではない、あまりにも美しい歌詞なのであった。最後に本人の弁を載せておこう。

詞は、今の僕らの状態を「警告の状態」として表しました。 確かに今、僕らはいい状態にいるんだけど、絶えず警告の赤いランプはついていると思っています。そういうことを知った上で、よりしっかりした楽曲作り、そして音楽活動をしていかなくてはいけない…。大事な意味を込めて書きました。(ASKA) -1993年TUG OF C&A会報10月号より-

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