ASKA 非公式ファンサイト

BROTHER

 

95年、作詞、作曲:飛鳥涼

 

歌詞

 

 

ASKAの詞は意味不明だから良い、と私はかねてより何度も指摘してきた。

今回は改めて意味不明とは何かを掘り下げてみたい。

 

意味不明な曲と言えばどれだっけ、と考えてみたときに思い浮かんだのは『BROTHER』だった。

サビのフレイズがすごい。

 

 

薄められて飲まされてる ミルクの味だ BROTHER

 

 

私は牛乳を薄めて飲んだことがない。

どういう状況?赤ちゃんに飲ませるのか?

というか今、書きながら初めて気づいたが、粉ミルクのことなのか。

「ミルク」と言ってるもんな。(これが「♪牛乳みたいだよ」じゃ締まらない)

この部分、要するに「味けない」とか「肩すかし」というニュアンスだと思うのだけれど

 

 

全編を通じて「裏切り」「失敗」「途方に暮れる」ようなsceneが描かれている。

 

 

ベルト解く手をベッドでふいにかわされたようだ

ベルト解くASKAを想像する女性ファンも多かろうに、あられもない表現である。

 

 

おれの日めくりは他人とは違うらしい

5枚ずつめくるような それともただ落ちるような

壊滅的にせっかちなんですか?

 

 

遮断機を降ろされた少年兵みたいだよ

退くことができないまま 雨の行方をずっと気にしてるようさ

遮断機?軍には遮断機があるの?

悪天候で行軍を止めているってことは古代の戦争?しかも少年兵が駆り出されるってのは、いつの時代、どこの国?

 

 

そしてオルガン様のシンセの旋律とともに私が最強に好きなこのフレイズ。

そしておれはBROTHER またはじまりを見てる

問答無用、最高に意味不明です。

何か失敗するコトを始めてしまった悔恨であろうか。

 

 

そもそも、BROTHERとは何なのか。誰に呼びかけているのか。チャゲでは無さそうだが。自分か?

タイトルからして意味不明なわけだ。

 

 

***

 

 

さて児戯はここまでにして、以下を本論とする。

私が「意味不明」と言うとき、それは確かに褒め言葉である。マネできない。圧倒的な個性。アート性。そのような意味を含めている。

ところが100%混じり気なしの褒め言葉かというと、そうでもない。

なぜならば飛鳥涼の詞にはかなりの「天然」を感じるからである。

桑田佳祐や井上陽水の詞もときにシュールだが、彼らの場合は知性によるコントロールを感じる。

例えば有名なこれでも「ふざけるため」にトボけている印象を明確に受ける。そもそも桑田的なふざける、おどけるという営み自体が知性の為せる技であろう。それがいいとは言わないが。

 

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=56481

 

ASKAの場合にはそれが無い。ASKAはオープニングムービーでふざけることはあっても、歌でふざけることはない。(そのためかチャゲアスファン兼サザンファンは少ない気がする)

普段の言動もかなり天然よね笑。そう感じるので、ASKAの詞に対して私は微笑むような眼差しを持つことになる。ファンの中にはただひたすら畏敬の対象、完全無欠の芸術家みたいに崇めている人も多いだろうけど、私はそうではない。

天才は狂気をはらむ、というのが私の不動の信念である。小賢しい人は残念ながら天才にはなれない。逆に天才が狂気を垣間見せてくれると、天才遊園地の永久パスポートを提示してもらったようで、私は崇高な気分になる。

 

創作の秘密を明かす、こんな散文詩がある。

 

正直な言葉が前足を揃えてやってくるとでも言うのか

本当のところ僕にはまだわからない

頭の中に並んだ言葉を

想像によってスライスする

まだ湿り気を含んだ言葉の削り片を

一枚の紙の上で上手に繋ぐのだ

上手に繋ぐとは元の形に戻すことではない

使徒に囁かれた天からの導きによって並べるわけでもない

ただただ上手に間違えるのだ

(『詩人』2017)

 

 

間違え、なのだ。飛鳥涼の詞は。

スライスという表現、好きな人ならよく分かるよね?文脈がブッ飛ぶ感じ。

正解を積み上げていくのではなく、崩して壊して間違えを作っていく。

これはセンス以外の何ものでもない。

 

 

***

 

そして私が一番言いたいのは

 

間違いを「正解」のように見せるための作業は、別途必要

 

BROTHERで言うと、意味不明すぎて滑稽ですらあり得る詞を、歌とサウンドを入れることでゴリゴリのロックナンバーに仕上げるように(私はこの曲が異常に好きである)、あらゆる「良い仕事」は協業で成り立つように思う。

 

上手に間違うのは芸術家の仕事。それを世間に美しく映るように整えるのはスタッフの仕事。

間違いが間違いのまま放り出されるのは芸術家の責任ではないと私は思う。

 

 

(2020/07/11)

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