ASKA 非公式ファンサイト

保釈のあと

7月3日、ASKAは監獄より保釈され48日ぶりに娑婆に出た。湾岸警察署にはマスコミとファンが押し寄せた。
その模様をテレビで見て、思ったこと。

「更正してほしい」と涙ながらに語るファンがいるけど、そんな感想を持つこと自体がお門違いだと思う。
われわれはASKAの素晴らしい音楽を享受してきたわけだが、そもそも素晴らしい音楽というのは特異な人間の作るものだ。才能は狂気に宿る。古今東西の天才を見よ。奇人変人のオン・パレードである。芸術家に倫理や道徳を求めてはいけない。天才が平凡な価値観を持ったら、確実に才能は終わる。危ないクスリに手を出すような精神構造だからこそ、生み出されるものがあるのだ。少なくともASKAの音楽を楽しんできたわれわれファンは、ASKAの精神構造にケチを付ける権利はない。

もちろん地に墜ちた飛鳥を見るのはつらいことだ。それはファンとして当然だ。しかしそれに堪え忍び、なおASKAを尊重してこそ本当のファンのあるべき姿じゃないかと思うのである。
アーティストは平凡な市民とは違う。農民にサムライの美意識など想像もできないし、まして裁くことなどできない。「更正してほしい」とか「自分の才能を信じて」とか喋る女性ファンが写っていたが、上から目線が過ぎるだろう。

スポニチの記事で、臨床心理士が「彼はいろんなものを失ったショックの中にとどまっており、まだ社会に対して罪をあがなわなければいけないとか、そういった心境に切り替わっていない」などと言っている。「社会に対してあがなう罪」って何なのか?誰に迷惑をかけたわけでもあるまいし。この人はASKAに謝ってほしいのだろうか?
私はASKAに謝ってほしくない。ごく個人的な犯罪なのに「ご迷惑をおかけしました」というのはダサすぎるし、そんな嘘八百な言葉を求める社会も異常だと思う。芸術家として毅然としていてほしい。謝るくらいなら、このまま表に出ることなくひっそり引退したほうがかっこいい。とはいえ芸能人はそうもいかないだろうが。判決後には記者会見があるのだろうか。

私は復帰もしてほしくない。もう十分すぎるほど感動的な作品が残されているのだ。これ以上求めるものなどなにもない。「失望した」とファンは言う。逆に私はASKAに対して感謝の念しか湧いてこない。残された作品で私は死ぬまで感動し続けられるのである。そんな有り難いことがあるか?かたじけなさに涙こぼるるほどである。

そんなことを思った。

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