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good time, birth, Man and Woman

 

good time

作詞・作曲:ASKA

歌詞

 

 

 

birth

作詞:ASKA、松井五郎 作曲:ASKA

歌詞

 

 

Man and Woman

作詞:ASKA、松井五郎 作曲:ASKA

歌詞

 

 

 

 

【モチーフ】輪廻転生

【テーマ】愛の完成

 

 

21世紀以降のASKAの詞にはたびたび輪廻転生が登場する。つまり人は死んだら生まれ変わり、違う人間として新たな生を繰り返すというものだ。今回は上記三曲まとめて扱うことで、ASKAの世界観を垣間見てみたい。

 

まず三曲に共通して言えるのは

男女の恋愛を通して輪廻転生を語っている

点であろう。「前世で体験した恋を、もう一度今生で再現している」という設定が読み取れると思う。

 

 

ふたりは出会いのあの時を 何度も繰り返し話すんだ

どっちが恋に落ちた 見つけたと言い合っても 前の世じゃそれが約束だったろう

(good time)

 

 

deja vu それは消し残してきた景色

からだがちぎれるほど愛した誰かをふと思い出せるように

(birth)

 

 

歌舞伎のセリフで聞いて感銘を受けたのだが

親子は一世、夫婦は二世、主従は三世の縁

と俗信で言われる。夫婦や恋人は今生だけではなく前世もしくは来世でも繰り返すというわけだ。(個人的には親子は一世限りの縁という説にも、おおいに感ずるところがあるが。夫婦や主従関係に比べればずいぶん薄い縁なのだ)

日本における輪廻説は仏教が元である。仏教では死後に49日の審判期間を置き、その後所業に応じて地獄に行ったり極楽に行ったりするとされ、あの世でしばらく(平均100年くらい?)過ごしたあとにまた生まれ変わるというふうに信じられてきた。

生まれ変わりや前世と言うと「オーラの泉」的な現代スピリチュアルを想起されるかもしれないが、否、むしろとても古くて伝統的、かつ一般的な世界観なのであった。

だからASKAの言っていることというのは実は突飛でも何でもなく、江戸時代くらいにはむしろごくごくメジャーな世界観だったと言っていいだろう。

 

前世があるかないかは誰にも証明不可能だから置いておくとしよう。しかし前世や来世があると信じることができれば、個人のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が著しく高まり、社会が住みよくなる面があると私は思う。なぜなら前世で罪を犯したと感じたならば、今生でそれを必死に償おうと思うことができるし、来世にハンデを残すまいと今生で必死に努力できるからである。エンマ様がいて来世があるのならば悪いことをしても逃げ切れない。来世でその罪過の責任を負わされるのだ(今生で殺人を犯した人は来世で殺される運命にある、などと言われる。来世では所業が逆になるという)。これを因果応報と言う。もし来世を信じないのであれば悪さのし放題、人心は乱れ社会は荒廃の一途を辿る。それはまさに現代社会のことだけれども。

 

実際に前世があるかどうかなんて、ほんとはどうでもいいのだ。それを信じればより良く生きられ社会が安定する。そのための壮大なフィクションなのである。恋愛にしたって「前の世からの約束」だと思えばロマンスが3倍増しだろう。

 

 

***

 

人は解決すべき課題を自分で設定して生まれてくる、と言われる。これもまた古い考え方で、業(カルマ)などと言われる。おそらくインド発祥である。カルマとは何度生まれ変わっても繰り返してしまう、その個人特有の「罪けがれ」である。(ベッタリと貼り付いて取れない「けがれ」という語感がすごい。これは日本古来の用語だけれども)

 

 

かさなる誰かと約束を待つように

ひとつを探すふたつのかたち 見えないものを繋ぐ

(Man and Woman)

 

 

月の光が一枚の帯のように 約束に向かう夢を僕は見ていた

約束を交わしたのは 自分によく似た僕だったのかもしれない

(birth)

 

 

前世からの課題をASKAは

約束

と言っているように私は感じる。

 

前世から持ち越す人との縁は大別すると2種類あるとされる。

順縁逆縁

である。

順縁は今生において仲のいい間柄、逆縁はその逆である。前世からの約束と言ったって、何も都合のいい綺麗ごとばかりではない。無理難題をふっかけてくる上司、クソみたいなワガママを振り回すバカ彼女。みんな前世からの逆縁なのだ笑 そして今生で受ける災厄は、前世で自分が他人に対して行なったことかもしれない。

 

そんな逆縁に対して輪廻的な発想では

 

逃げずに立ち向かい、前向きに解決を目指す

 

ことを奨励する。逃げて問題を放置すれば魂の中にある弱点もそのままとなり、来世でもそれを繰り返すハメになる。弱点をひとつひとつ潰していく生き方、それが輪廻転生説の最大のキモであろう。ポジティブでストイックなのだ。

 

 

やさしさにさびしさにこぼれる涙から めぐり逢えば気づく心は何を語るだろう

選んでは繰り返す いつの日か生まれてくる自分のために 君を守ろう僕が守ろう

(Man and Woman)

 

 

君を守ることが、いつの日か生まれてくる自分を守ることになる。これはまさに輪廻転生のど真ん中のコンセプトである。

 

愛に近づくMan and Woman

 

輪廻を繰り返した果てにふたりは究極の「愛」に到達し、生まれ変わりを終える。カルマを潰し心の浄化(ヘンな癖を取り除くこと)を最後までやり遂げることを解脱という。解脱とは輪廻転生からの卒業を意味する。「愛に近づく」というフレイズが解脱のようなニュアンスに聞こえるのは深読みが過ぎるだろうか。

 

ちなみに日本で最も影響力を持つ仏教経典『法華経』では「誰もが輪廻を何十回、何百回も繰り返し、いつかは苦を滅却し解脱するようにプログラムされているので、たとえ今が苦しくとも大安心して過ごしなさい。その事実を確信することが最大の悟りである」と説く。輪廻転生説には解脱というゴールがあるのだ。逆に言えば解脱というゴールもなく輪廻転生説を自分に都合の良いように信じてしまうと、邪悪な好奇心に堕す恐れがある。

 

 

 

***

 

ASKAのラブソングは悲恋ものが大半なので、今回の三曲も表向きのロマンスの割には逆縁の要素を含んでいるように私は邪推する。まぁ実際のところ、苦境の中から美しいものが生まれるものである。

以上、風変わりと思われたASKAの輪廻説は実は精神世界の業界ではバリバリのスタンダードであり、また時代を遡ってみれば一般常識レベルな見方であったとさえ言えるのではなかろうか。ある種ありきたりな話を「夢は次を見てる」「空になれば地や花を忘れて」などと詩的に表現してみせたところが評価のポイントであろう(松井五郎との共作だけどね)。

 

 

 

***

 

以下は純然たる余談なので読み飛ばしていただこう。

生まれ変わりを科学的に証明しようとした人が江戸にいた。

平田篤胤である。

復古神道の祖とされる平田篤胤はオカルト業界では最強の評価を受けるが、一般的にはマッド国学者と見なされることが多く、評価が定まらない。たしかに大量の著作の半数以上はオカルトである。しかし篤胤がオカルトに傾倒するきっかけとなったのは最愛の妻の死であり、死んだ妻とまた再会できることを信じたいがためにあの世や生まれ変わりについて狂ったように研究したと言われる。なんとロマンのある話だろう。

生まれ変わりについては岩波文庫で読める『勝五郎再生記聞』に詳しい。前世の記憶を持つ農民にインタビューをし、その証言を確認するために各所を訪ねるという労作である。先日本屋で岩波文庫版にポップがかけられていて「SNSで話題沸騰」などとあった。ほんまかいな

オカルトは文学に昇華されると強い。例えばロマンスを追求したその最果てが生まれ変わり説だから。それを科学的に証明などとやってしまうと目も当てられない。勝五郎再生記聞はルポっぽくて読みがいがあるけどね

 

(2019/03/18)

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