ASKA 非公式ファンサイト

not at all

(01年)

作詞:松井五郎、ASKA

作曲:ASKA

歌詞

【モチーフ】錬金術的発想

【テーマ】自分を励ます

タイトルについてだが、“not at all”という言葉は「すべてにおいてnotだ」という、とても強い否定を意味する。単独で使うには意味不明な熟語であり「何に対してnotか」という文脈が必要となる。ではどんな文脈であろうか。

当時のライブMCではASKAは「まだまだこんなもんじゃないぜ、not at all」などと言っている。歌詞の内容と併せて察するに、周囲から否定的な見方をされたときに

冗談じゃねぇ、オレはまだイケる

というようなニュアンスでのnot at allといったところではなかろうか。

というのはシングル『ロケットの樹の下で』を皮切りにシングルを4枚もリリースした2001年、ASKAはインタビューなどで「世の中をガツンと振り向かせる曲ができた」だとか、ライブMCで「そろそろヒット曲出すから」などと言っていたのである。『パラシュートの部屋で』もけっこう自信満々だったような??かつてヒットを連発した自分に対する対抗心というか、また売れたいという野心がその頃は感じられたのである。しかし残念ながら大きなヒットには恵まれることはなかった。ヒットを出せず焦る自分に対してかけるハッパのかけ声がnot at allだったのかなぁと私は思っている。

歌詞の内容は大まかに言えば

物事がうまくいかず落ち込んでいる自分を励ましている

ASKAには珍しい直球の応援ソングである。

https://entertainmentstation.jp/204141

このインタビューでは「人を励ますような歌は作ったことがない」と言っているが、『not at all』は十分に励ましソングであると思われる。

ただし応援ソングと言ってもASKAの作るものなので、当然だが「元気出せよ」とか「負けるな」などの甘っちょろい話ではない。21世紀になってやたら応援ソングなるジャンルが幅を利かせているが(ちょうど今日の新聞に応援ソングについて出ていたので参考に。https://mainichi.jp/articles/20180618/ddm/001/070/173000c)。それどころかオカルト的ですらある。松井五郎が関わっているからかもしれない。どういうことかというと、サビのこの歌詞。

そこに立ってそのときわかることばかりさ

今の僕にはない答えなんだろう 何かだろう

ここに描かれる世界観は、ものごとがうまくいかないときに「努力」や「忍耐」で乗り越えるのではなく、「知らないうちに全然違うとこへジャンプしてしまう自分」みたいな、ワープ感があるのだ。これは並の応援ソングではないと言えるだろう。「汗水流す努力」「苦痛に耐え忍ぶ」などとは次元が違うように感じられる。

フリーメイソンに伝えられるとされるこの寓意画が示すように、新世界はヴェールの向こうにあり、古い自分にはまったく見えない構造になっている。新世界は今の僕にはまったく想像もつかないレベルにある何かだということ、これはオカルティズムの基本的な考え方と言える。

未来は時として自分の想像を超えるのならば、未来を決めつけてはいけないということになる。決めつけられた未来とは、現状である未熟な自分の、拙い想像力の産物ということになる。そこでオカルティズムでは精神の変容、すなわち今の自分とは違う自分になることを目指すのである。

輝かしい未来を見たければ、自分をシフトしていかなければならない。その過程を錬金術と言い、純金を精錬する工程をなぞらえて人間の精神の発達段階を黙示している。錬金術では精神の変容を象徴的に3段階に分けて〈黒化〉〈白化〉〈赤化〉と言う。詳述は避けるが要するにまったく違う存在に変わっていく、ということだ。

自分を変える最適な方法も提起されている。それは違和感があることを実行することである。現状の自分がイヤだなぁと思うようなことをすればよいのである。上の図で言えば、正反対の存在である男と女が絡み合う左の図。気持ち良さそうに見えるが笑、これはそういう意味ではない。エヴァンゲリオンで言うところの「逃げちゃダメだ!」というやつだ。

見上げた遠い空 浮かぶ風船

風に耳打ちされて行く先を決めたみたい

うまく選べない僕を追い越して

「自分で考えて選ぼうとする僕」よりも「風に身を任せる風船」のほうが偉いのだ。風に身を任せるというのは時にはなかなかキツいのだけれど。しかしそれは

いつもどこかひとつを どれかひとつを くぐり抜けて来ただろう

運命の糸に手繰り寄せられるように、目の前に伸びる一本の糸を綱渡りするイメージ。その綱はとても細いかもしれないが、目を凝らせばたしかに一本通っているのが見える感覚。そのようにして己れの運命を知った人は迷わないのではなかろうか。

以上、この曲がオカルト的という理由であった。かような次第で私は『not at all』について、風変わりな応援ソングという認識を持っている。

***

逆に言うならば、未来が確定的に見えている時というのは危険なのだろう。まして世の中の趨勢がからむような、話が大きい時というのは。余談だが未来については複数のパターンを想像するのが私流のメンタルヘルス術である。

ところで今作、私にはあまりASKAくささが感じられない。これは絶対にASKAだ、と思えるのはcメロの「人混み」というフレイズくらいなものである。大部分を松井五郎が書いたのではないかなぁと想像している。今作で約20年ぶりに松井五郎を起用したのだが、アルバムを買って松井の表記を見たときはたまげたものだ。

(2018/06/18)

‹‹一覧に戻る