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SCENE

88年、作詞作曲:飛鳥涼

歌詞

 

ファーストソロアルバム『SCENE』のタイトルチューン。あまりにも美麗な音やムードを纏う『SCENE』という曲は、アルバムタイトルとしても継承されその後Ⅱ、Ⅲとしてリリースされている。ASKAのソロ活動を象徴するワードなのだ。

 

SCENE=風景

という題だが、それはどんな風景なのか。

場面設定としてはこうだ。

 

雨の渋谷で、かつての恋人とすれ違う。

瞬間、記憶がよみがえる。その記憶の映像が「いまさらつらい風景画(=SCENE)さ

 

その風景画とは

ひざまづいて泣き続けて

僕の腕にしがみついていた

あの日の君 あの日の恋

 

 

ここで私は例によって〈桜上水の恋人〉を思い出す。(参照http://nobodybutyou.asia/archives/901)

 

私には〈桜上水の恋人〉がどんな人か、ハッキリ視えるビジョンがある。それは

メンヘラさん

 

そう思う人は少数派だろうか?しかし私には確信に近いものがある。

数々の失恋歌を辿っていくと、かの恋人はとても困ったちゃんであることが了解される。真夜中に呼び出したり、泣きまくって飛び出したり、テープで盗み録りしたり・・・(あ、これはいいか)。それに対し主人公は戸惑い、ときに「ついていけない」。その様子は

 

君の涙に付き合えなかった(くぐりぬけて見れば)

さよなら言えずにただテレビ見つめて並んでいた(no doubt)

 

というフレイズに象徴される。

そして

 

君から去った(MIDNIGHT 2 CALL)

 

一般にメンヘラさんは猛スピードで目まぐるしく色んなことを考えるので、ケンカっ早いし、別れたりくっついたりを繰り返す。ケンカを繰り返した挙句、女性のほうから飛び出し、ほとほと疲れ果てた男は、彼女を止めることはできなかった。その男の言い分がこれ。

 

はぐれたのは君のほうさ

戸惑う胸に季節を戻して

 

したがって上記の「腕にしがみついて泣き続けた」という風景、これはメンヘラさん独特の、不安を表出するsceneであると私には感じられる。メンヘラさんには独特の不安があって、捨てられるとか孤独だとか感じるらしいのだが、過呼吸などパニック発作を起こすこともあるしその激しい不安に対し周りの人は共感するのが困難なのだ。その様子を描写したのが

 

あの日の恋

 

という一言。泣きじゃくる彼女だけではなく、戸惑った自分までも含めてつらい風景画なのだ。

そして雨の渋谷で女性は別の男と腕を組んで歩いているわけだが、それに対し男が感じたのは

 

なんとなく、どことなく寂しい感情

 

この微妙さ加減!!

あまりにつらい経験だったからか、さほど強い悔恨やら嫉妬やらは発生せずに「なんとなくロンリーだぜ」くらいの凄い微妙な感覚。これはリアリズム。嘘偽りない感じがしてむしろとても高踏だと思う。

 

 

 

***

 

以下は歌詞とは関係のない私のメンヘラさん論なので読み飛ばして頂こう。

メンヘラさんと付き合うと必ず起こる現象として

 

振り回される

 

そりゃそうだ。メンヘラさんは強い不安を抱えていてしょっちゅう絶望の淵に立たされているのだから、それこそ命がけで助けを求めてくる。上空1000メートルにいるヘリコプターのドアが全開になってシートベルトまで壊れちゃったような、そんな状態で生活していると想像すればいいのかもしれない。

だから強烈な束縛、底なし沼の要求、愛情の確認etc… 全力で男からエナジーを吸おうとする。そうしないと落っこちて死んじゃうのだ。一般にこういう人たちは生まれてこのかた、親から愛情を受けていないケースが多いようだ。正確に言うと親は愛情をかけているつもりでも残念ながらそれは的外れで、子どもは愛を感じていない。もちろん子にそんな自覚はなく、ただなぜか不安なのである。誰にも関心を持たれることのない人生、想像するだに恐ろしいではないか。人間にとってそれは生命の危機なのかもしれないと私は思う。

パニック系の女性はなぜか美人だったり有能だったりしてモテる人が少なくなく、男には不自由しなかったりする。しかし非常に残念なことに、その振り回し攻勢があまりにきついために、一定期間ののちに必ず男は逃げる。男の側からするとエナジーを吸われるので元気がなくなったり、お金がなくなったり、仕事がなくなったり、友だちがなくなったり、色んなものをなくすことになったりもするのである。そりゃ逃げる。メンヘラさんと交際することは一種の地獄なのである。仏教で言うところの阿鼻叫喚地獄、だろうか。

 

しかし不思議なことに、一生を通じてメンヘラさんとばかり付き合うという奇特な男もまた、存在する。磁石が引き合うように、次から次へと・・・

そういう男が自分が地獄にいると気づいたとき、どうすればよいのか。結論だけ簡潔に書くが、私は逃げずに戦うべきだと思うのだ。逃げてもまた次が来るのだから。と言っても戦う相手は自分である。メンヘラさんは男の優しさという「弱さ」を目がけてむしゃぶりついてくる。優しいというのは度を過ぎると弱さでしかない。この自分の弱さを叩き直していくことが、その種の男の生まれ出た意味ではないかとさえ、私は思っている。メンヘラさんに振り回される現象というのは女にとっても男にとっても、非常に典型的なカルマ性があるのだ。「因果の鎖を断ち切る」という前向きな発想がないと、メンヘラさん現象を起こしがちな男女の人生は苦しいぞ・・・というのは私の経験談であった。苦笑。

 

(2018/05/02)

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