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オカルティストとしてのASKA

「月刊カドカワ」の94年2月号にASKAと徳永英明の対談が掲載されている。

当時物議を醸したもので、内容が非常に宗教的なものだった。宗教的といっても特定の宗教に関する話ではなく、二人が体験を語り合ったもの。内容が余りにも濃密なため、かなり編集されていることが想像されるし、そのまま引用しても誤解の種になるかもしれない。しかし、一部の人にはきっと感ずるところがあると思うので、重要な部分を以下抜粋して紹介しよう。音楽活動に対する覚悟や真剣さというものが本当に伝わってくる、貴重な文献だといえる。

以下、引用。『月刊カドカワ 94年2月号』p71-79、角川書店

 

(前略)
徳永:CHAGE&ASKAさんとか玉置浩二さんとか僕っていうのは、何かお役目を負ってやってるんじゃないかっていう気がするていうことなのね。僕らは今、”いろんな人たちが音楽を聴くことによって自分の生きる意味とか自分の存在を確認できるんだよ””音楽によって人は救われるんだ”とかそういうことを感じてもらおうとしてると思う。そしてそれをみんなに感じてもらったら、たぶん僕らの役目は終わって、次のことを歌うミュージシャンが現れると思う。そうすることで人間はもっと素晴らしいところにいくんじゃないかなって。

ASKA:でも、こういう話っていうのは、文字にすると難しいけど、他のミュージシャンにも体験してる人はいるんだよね。やっぱりみんな、何かを与える人だし、今、世の中がすごく不安な状況にきているし。今は僕たちが世の中の人の心をつかんで動かしていく時期なんだと思う。

徳永:絶対にそうだよね。

ASKA:最終的に僕らがそれを全うするかっていうことじゃなくて、今、僕らが必要とされてるっていうことなんだよな。

徳永:そうそうそう。で、人々がその本質というものを感じたら、たぶん僕たちの役目というのはどこかで終わると思うんだよね。それで、僕らよりもまたさらにすごいことを歌詞にしたりメロディにしたりする人たちが出てくるんですよ。

(中略)

ASKA:実は僕、マリア様にあったことがあるんだ。夢の中でって言わなきゃいけないんだろうけど・・・。みんなは笑うんだけど。それとね、これは以前、もう言わなきゃいけない、と思って本にしたことなんだけど、一回目はロンドンに行ったときなんだよね。デビューして2、3年目くらいからかな。僕ね、寝る前にずっとお祈りしてるんだよ。

徳永:僕と同じだ。

ASKA:それは願いごとではなくて、自分の”こうありたい”っていう気持ちであったりするんだけど、時には最後に、当時は柄にもない、と思ったんだけど、”地球に住んでいる人みんなが平和で穏やかな気持ちでいられますように”っていうのを入れてたりしたのね。で、ある日、それをやろうと手を合わせた瞬間にバーンって体が上がりだしちゃったの。早く下りないととんでもないことになってしまう、とも思ったんだけど、「アウト・オン・ア・リム」なんかでシャーリー・マクレーンが言ってたあのことじゃないかって思って、行けるなら行ってやれと思ったわけ。それで宇宙まで行っちゃったんだよ。それでフワフワ浮いてさ。それがまたこの世のものとは思えないぐらいの気持ちよさなんだよ。で、遠くのほうからすごくきれいな光がやってきて、それに包まれて・・・。そこから記憶がないんだけど、気がつくとどこかの地上を歩いているわけ。すると向こうから歩いてくる人がいて、僕を指さしてブワーッて涙を流すのね。僕も涙が流れてきて、その人と抱き合いながら「こんなところで会えるなんて信じられない」って言ってるんだよ。「俺は帰らなきゃいけないけど、きっとまた会えるから」って言って別れるんだけど、その次に気がつくとベッドの上に戻ってた・・・。全部覚えてる。ぜんぜん寝てないんだよ。

徳永:僕はねぇ、宇宙までは行ってないんだけど(中略)

 

 

 

♪PRIDE(「優しい気持ちで眼を細めたとき 手を差し伸べる マリアが見えた」)

 

徳永:今回の僕のアルバムのテーマは”魂”なんだけど、絶望も孤独も体験してないから全部推測で書いたわけ。で、声が出ないから身を削りながら歌って、それが終わった次の日にドーンと下に落ちたの。僕、本当にこれで死ぬかもしれない、と思った。そのときに、触れちゃいけない聖域を簡単に歌おうとしたから罰が当たったんだと思ってね。それでも”気力、気力”って言い続けていたら、いろんな人に会う機会が出てきたり、いろんなことが起こる。そのどれもがつながりを感じさせるんですよね。

ASKA:僕が体験したことを今、徳永が体験してるんだよね。本当に不思議で、いろんな人に会ったりするけど、それは全部つながってるんだよね。

(中略)

 

 

♪ripple ring(ASKA作詞、CHAGE作曲)

 

 

ASKA:商売でオカルトをやっている人たちもいるし、その人たちと一緒くたにされちゃうとちょっと話ができなくなるよね。こういう話ができるかどうかも、同じ波長を持っているかいないか、いかに真剣に自分が相手の中に入っていけるか、ということで決まっちゃうわけ。だから音楽っていうのは数学的なやり方とそうでないやり方があって、僕らはきっとそうでないやり方のほうでやっている気がするね。感覚のものだからね。

徳永:これは僕だけだったら言えない言葉なんだけど、たぶんASKAさんも僕も、人の見え方も他の人と違うと思う。人間って正面から見たら平面ぽく見えるけど、全然平面ぽく見えない。何て言ったらいいのかな、うまく表現できないんだけど・・・。

ASKA:わかるよ、僕には。僕は徳永の言っていることがすごく理解できるよ。全然不思議なことだと思わないし、考えが宗教っぽくなっていくだろうとも思わないし。宗教がどうのっていうことを言い始めたら、ものを食べて生きていること自体がオカルトだと思うしね。

(中略)

ASKA:この前も”神様って何だろう”っていうのをずっと考えていたんだけど、やっぱり自分を守ってくれるものだったり包んでくれるものだと思ったのね。本当に自分のことを愛してくれて、ある意味で守ってくれるもの。もしかしたら友人だったり、自分にとっていちばん必要な人間関係を神様と呼ぶんじゃないかっていうふうに考えたりもしたのね。それを失うことはみんなを失うことだから、結局神様を大切にするというのは、自分が生きている周りの状況すべてを大切にしていくことじゃないか、という考えにそのときは落ち着いたんだけどね。やっぱり、なにかを体験すると、そういうことをすごく考えてしまうよね。

徳永:僕なんか、さっきから、右手と左手が動かない。エネルギーがガンガン入っちゃってるから、掌がすごいもん。(後略)

 

 

♪PLEASE(アルバム「SCENEⅡ」のブックレットによると、本当はいっぱい神様を信じてます、とのこと)

 

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