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GO YAMAZATO、ブログタイトルの由来(2017/11/26)

 

プロデューサー山里剛についてわずかに触れられている。
チャゲアスはデビューからずっと、山里のプロデュースで活動してきた。このクレジットがお馴染みだろう。

 

 

デビューから96年『CODE NAME 2』までずっと山里のプロデュース。
ソロ『ONE』(97)、『kicks』(98)で実験的に?山里から離れ、99年の『NO DOUBT』は

PRODUCED BY CHAGE&ASKA

としてセルフプロデュースに移行。この頃のインタビューではセルフプロデュースについてよく語っていた。「お互いの曲にずかずか入っていって口を出した」そうだ(逆に言えば、山里はCHAGEとASKAをかなり慎重に分けて使っていたと言えるかもしれない)。コーラスワークの印象も変わった。この頃はしきりにユニゾン(二人が同じ音程で歌を合わせること)と言っていた。
2000年代はくっついたり離れたり。『SCENE Ⅲ』や『DOUBLE』では起用しているので、仲違いをしたわけではないということかな?

まぁ正直、リスナーからすればプロデューサーの違いなんて分からない。プロデューサーというのはそもそも、かなり漠然とした役まわりではなかろうか。新人(若いネーチャン)の発掘に熱心なオジサン、というイメージはあるが・・・

 

例えば小室哲哉は作詞・作曲・編曲まで手がけるプロデューサー。
ミスチルの作詞作曲は桜井和寿で、小林武史が編曲にもクレジットされるプロデューサー。
山里剛は作詞・作曲・編曲にはクレジットされない。編曲は十川知司、澤近泰輔、松本晃彦など別のミュージシャンが立つ。
要するにプロデューサーと一口に言っても、その役割はまちまちということだ。山里は作曲能力や楽器演奏は一流ではないのだろう。

 

よく分からないが、山里のようなタイプのプロデューサーは現場監督の存在か?「今回のアルバムはポップ系で」とか「この曲は8ビートがいいんじゃないの」とか「ジャケ写、もっと明るくしたら」的なことを言う人なのではないだろうか。あとは『10年の複雑』等に書いてあったが、予算管理、スケジュール調整、参加ミュージシャンの選定なども含まれるようだ。
いずれにせよ山里剛はあまり表に出てこないので、古参ファンでもよく知らない人が多いはずだ。古いビデオでたまに喋っている程度である。

 

個人的な感想を述べるならば、山里剛って実際どうなの?という思いはある。
山里が手がけたのはチャゲアスと長渕剛が有名だが、チャゲアスも長渕も初期はずいぶん迷走している。長渕もチャゲアスのスーパーベストと同じく『SINGLES』というベスト盤があるのだが、1と2があるのも同じ。で、2に感動したあとで1も聴いたら「あれ?レンタル屋の店員がディスク間違えやがったな」って思うとこまで同じ笑

あとから振り返るとチャゲアスも長渕も、あのフォーク路線はなんなのよ、という感じがする。山里剛は『流恋情歌』をとっても気に入ってプッシュしたらしいが、ひとり咲きに次いで発売したこの2ndシングルは56位と惨敗。ASKAはかなり落ち込んだそうな。流恋情歌を推すって趣味悪くないか?アルバムの中の一曲としてはいいが、期待のホープの大事な2ndシングルがこれって、ちょっと。
ASKAは山里剛から離れてロック路線に邁進するわけだが、何度も書いてきた通り私はこの方向性が最高だと思っているわけだ。山里プロデュースでなければASKAは、日本歌謡史に残る大ロックスターになっていたかもしれない。山里がASKAの可能性を閉ざした面だって、あるかもしれないのだ。別にそんなことで文句つけるつもりなど毛頭ないが。

 

ただし2000年代に大崩れするのは、デビューからのプロデューサーやマネージャーたちが離れたせいだ、という見方もできるだろう。このへんはいちリスナーふぜいではわかりようのない部分でもある。
ちなみにマネージャーというのは上記画像で下線を振った渡邊徹二。この人も私は詳しく知らないが、古参のファンは「ナベさんナベさん」と言って親しんでいる。YouTubeに写っているので紹介しよう。3:50から

 

めちゃくちゃ色男。敏腕マネージャーの香りがする。ASKAと喋り方が似ているということは、公私にわたってASKAに影響を与えたんじゃないかな。2000年頃にマネージャーを降りたいきさつは『700番 第一巻』に詳しい。

 

ちなみに上記画像の
OUR GOD FATHER GENICHI KAWAKAMI
というのはヤマハグループの中興の祖、川上源一のことである。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/川上源一

ASKAが発明家になったのも、もしかしたらこの人の影響かもしれない。

 

あと有名なのが、三たび上記画像に戻ってもらって

SPECIAL THANKS to 僕たちの音楽を愛するあなたたち

のクレジット。このクレジットはアルバムによっては入れ忘れてたりするので要注意なのだ。そう言えば山里プロデュースじゃないアルバムからは抜けている印象があるな。単に忘れているだけのようである。

 

あと、上記画像は古いので入っていないが

Recorded at Burnish Stone Studio

も定番。ASKAが私費数億円を投じて88年に作ったスタジオである。この名前の由来は知らない。研磨した石という意味のようだ。宝石?磨製石器??

お気付きの通り、ブログの名前はここから来ているし、週刊誌を見ると自宅表札にもBURNISH STONE MIYAZAKIと入れてあった。どうやらかなりお気に入りの合い言葉らしい。

 

(2017/11/27)

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