ASKA 非公式ファンサイト

週刊新潮 8/3号

 

ASKAは離婚発表の中で、これから書かれるであろうゴシップ記事について「事実はあっても真実はない」と言った。苦渋のにじむ一言だ。

 

そんな中、さっそく週刊新潮がASKAの離婚に触れている。
野次馬根性を刺激する記事なのは確かで、家が売却されたという話は正直、興味を惹かれた。
しかし新潮の記事で悪意が明らかなのは「ブログで相棒(CHAGE)を口を極めて難詰」というくだり。ASKAブログの『CHAGE』の記事を読んで「難詰」と解釈するバカはいない。誰が見てもジョークはあきらかなはず。それを「難詰」にすり替え、それを元に精神科医のコメントを引き出すという悪魔の所業だ。(万が一、これを本気で難詰と読んだのならば、記者の資質がないと言える)

 

思うのだけど、この記事を読んで「得をする人」がこの世に一人でもいるのか?いるわけがない。そんなものに存在価値があるのか?あるわけがない。
このへんがASKAの言う「真実ではない」ということではないか。

 

私も辛口な記事を書いてファンから顰蹙を買うこともしばしばだけど、無意味なものは書いていないつもりだ。いつも誰かの役に立てたい気持ちで書いている。私が目指しているのは

①ASKA本人を勇気づけるもの
②新規ファンの獲得に資するもの

の2点である。ASKAが読んだら激怒しそうな辛口な記事は、もちろん②を目指している。ベッタリの記事では、ファン以外の人にはまともに読んでもらえない。痛快に思ってついでに動画を見ていってもらえたらバンザイなのだ。肉を切らせて骨を断つというか。当たり前だが、ASKAを潰そうと思って書いたものなど、一文字たりとも無い。

 

しかし往々にして昨今のゴシップ記事というのは本人を潰し、読んだ人の根性まで下劣にするという地獄絵図になっている。繰り返すけどそんなものに存在価値などない。

 

前から主張しているのだけど、マスコミはASKAのキャラ設定を間違えている。シャブ中のスケベオヤジという設定をやめるべきだ。ASKAはかつて全アジアの人民を熱狂させた、生けるレジェンドなのだ。マスコミ連中はそのレジェンドに対するリスペクトがまったくないし、かつて熱狂した人民が数百万人もいるという事実を忘れている。ネット上ではない、あなたの周りにいる普通の人々に意見を聞いてるべきだ。私が知る限り、チャゲアスの音楽までバカにする人はほとんどいないし、多くの人が最低限のリスペクトをASKAに対して持っている。「えー、あのASKAが?ショックだよ・・・」的なセリフを私は何度聴いたことか。
私がいつも言うのは「薬物と女で身をやつした放蕩詩人」のイメージだ。あの劇的な破滅の背景には、どれだけのドラマがあるのか。それを丹念に追ったニュース記事を、私は見たことがない。そしてそのドラマは今も進行中で、新展開を迎えているわけだ。ASKAをリスペクトしている多くの国民は、ゴシップではなくむしろドラマを欲しているはずだと私には思われる。ASKAブログのアクセス数も意外なほど多いようだし、案外ニーズはあるかもしれない。

 

 

そもそも善良なるリアル日本国民の大半は、ゴシップに興味がない。私は日常会話で敢えてゴシップに触れて相手の反応を見るようにしているのだけど、ベッキーにしろ暴言議員にしろ、みんな「興味ない」と言う。「どうでもいいことで騒ぐな」と。これがリアル世界での大多数の反応だ。でも最近、報道を真に受けて大臣を辞めたり、党首を辞めたりする人もいるけど・・・ その過剰反応にもみんな呆れている。ほんとはそんなものに振り回されなくてもいいはずだけど。
ネットは怖いという結論。

 

(2017/07/27)

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