ASKA 非公式ファンサイト

サイト設立の真の動機

事件も風化し、アクセス数も落ち着いてきたので、このサイトを立ち上げた真の動機というのを酔狂に書き残しておきたいと思います。
それはアルバム『ONE』と『kicks』を世に知らしめたかった、ということです。
私は97年、98年と連続して発表されたこの二枚のソロアルバムが本当に好きです。時代を超えてヘビーローテーションで聴いています。逆に言うと、時間の流れに犯されずに聴き続けられるのがこの二枚、ということになります。
ASKAがクスリを始めたのは96年頃だとして、動画を引っ張ってきて文章を書きました。独断的なのは百も承知で、下品なセンセーショナリズムも確信犯です。それはkicksツアーとMTV台湾公演の動画をファンじゃない人たちに見せたかった。ただそれだけだったのです。
ONEとkicksの魅力とは何か。それは「悪」が含まれていることだと思います。やっぱり音楽は、正義や人類愛なんかに走っちゃ駄目なんです。退廃や官能、傷、怒り、こんなあたりが芸術の源泉だと思うんです。たとえばヤクザと仏像ってオーラが似ていると思いませんか?パンチパーマは抜きにしても、ギラギラした光が強いと言うか・・・ 悪人正機説なんてのもあるけど、美という真理に近いのは「いい人」ではなく「悪い奴」(=いわゆるGUYS?)だと私は感じています。正義を追求すると、多かれ少なかれオウム化して気持ち悪くなるんです。実際、神秘思想や陰謀論をふりかざす最近のASKAは見てられなかった。
ご存じの通り、90年代前半のチャゲアスも素晴らしいですよ。でも、それはあまりにも健康的すぎたと思うのです。当時を代表するスーパースターとして、ポップを演じすぎたような気がします。器用な人は30年でも50年でも演技を続けられるのでしょうが、ASKAはそれをやるには不器用だったんじゃないでしょうか。単純にいうと、チャゲアス=ださい(野暮ったい?暑苦しい?)という一般的なイメージはこの黄金期の活動によるわけです(私にとっては全然ださくないですが、一般的に)。
それに引き替え、96年から99年の活動というのは、真の意味で音楽的でした。この頃の音楽が一般的に全く知られていないことが、私は我慢ができなかった。これは事件前から思っていたことで、裏黄金期を紹介するチャゲアスのサイトを作ることが夢だったのです。
逮捕というのは負の出来事なのは確かですが、ASKAぐらいの巨大なスケールをもった人の人生には、これくらいのカンフル剤はきっと必要なのでしょう。チャゲアスはもともと、いい曲を作るのに売れないという悲劇的なミュージシャンでした。運命のイタズラで90年代にやっと正当な評価を受けたわけですが、その後はまた「売れない大御所」に。まぁCDでも本でも何でも、切れ味鋭いものは売れないのが常ですが。しかしマスメディアがものをいう時代は過ぎ、個人が主体のYoutubeはそんなASKAにぴったりのメディアだと思います。事件を機にYoutubeを渉猟した人も多いはずです。私はそんな人たちに向けて、一石を投じたいと願うのでした。

 

ASKAは何十年にも渡って「やりたい音楽をやる」と言い続けてきましたが、2000年代以降、本当にそうだったでしょうか?『Not At All』で急にいい子ちゃんに戻ったときはがっかりしましたよ。カムバックするのならぜひもう一度、悪い音楽を聴いてみたいものです。教祖のご託宣みたいな音楽は似合いません。救済は悪の中にこそ。